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当社の歩み

創業140有余年の歴史

創業者・西村勝三品川白煉瓦(株)は、明治8年(1875)、創業者である西村勝三が、文明開化の象徴である「瓦斯燈」のためのガス発生炉用耐火煉瓦を国産品で賄うため、本格的に耐火煉瓦の製造を始めました。その契機となったのは、御傭外人技師H.A.プレグランによる、良質の耐火粘土の発見でした。

幾多の困難を乗り越え、輸入品に負けない「堪火煉化石-耐火煉瓦」の製造に成功し、その後、大蔵省印刷局の硫酸製造試験窯用異形煉瓦、硝子窯用耐火煉瓦と次々と用途を拡大し、耐火煉瓦の国産化を進めていきました。
そして、明治27年(1894)「シリカ耐火煉瓦」(珪石煉瓦)に対し特許証が下付され、これを契機として鉄鋼用耐火煉瓦の製造も始めることになりました。

日露戦争終了後、鉄道の国有化、ガス事業の発展、建築ブームと、経済活動の発展に伴い、主力製品の耐火煉瓦のほかに、建築用の装飾煉瓦にも力を注ぎました。鉄道院中央停車場(現東京駅)建築用赤色外装タイル=東京駅の赤レンガ=は、全量を品川白煉瓦が納入したものです。

世界一の技術を誇る鉄鋼業界を始め、あらゆる産業のユーザーのニーズに的確に対応するため、技術開発に努め、ユーザーの満足のいく耐火物を提供し、日本の耐火物産業界を常にリードしてきました。

平成9年(1997)の中国進出を皮切りにオーストラリア、アメリカに生産拠点を設立、当社は永年に渡り培ってきた技術を武器に、世界を市場として企業規模の拡大を目指しています。そして今、総合耐火物メーカーとしてはもちろんのこと、ファインセラミックス、セラミックファイバー分野においても、確固たる地位を築いています。

一方、JFE炉材(株)は、昭和13年(1938)に、ろう石質耐火煉瓦製造を目的に操業を開始しました。昭和19年(1944)には川崎重工業(株)の子会社となり、以後、川崎炉材として鉄鋼業向けを中心とする耐火物の製造販売に携わってきました。

平成14年(2002)のJFEホールディングス誕生により、JFE炉材へと商号変更し、JFEグループの一員として更なる飛躍が図られています。

平成15年(2003)には中国資本とのJVに参加し、中国での製鋼用耐火物の製造拠点として、安価で高品質な耐火物供給を行っています。

鉄鋼業向けに培ってきた高品質な耐火物の製造技術と、高炉や熱風炉の超短期改修や製鉄所内のあらゆる窯炉のメンテナンス等、高度な築炉技術を併せ持ち、この二つの技術を融合させることで、ユーザーの安定操業に貢献しております。

そして平成21年(2009)10月、品川白煉瓦株式会社とJFE炉材株式会社は、耐火物事業の更なる拡大を通じて営業基盤の強化と鉄鋼業界をはじめとする需要先向け安定供給体制の確立を目指して合併し、新会社「品川リフラクトリーズ株式会社」が発足いたしました。